2013年09月06日

私が産んだ子供も一つの独立した人格!



親子間は、生活の時間帯と環境が確実に違う。それだけに特別な努力を払わなければお互いに理解しにくく対話がよく通じない。だから、よく聞く言葉が"ママ(パパ)とは話が通じない!"になること。


親が子供との会話がよく通じないで、小言に陥ることになるのは、子供を一人の人格として考えよりも何かを常に教えて導いてあげるべき対象としてのみ見るのである。


特に私が産んだ子であるから子供のすべてのことは知っている親ほど小言がひどくなる。


親は子供との会話の中で子供たちの言葉を最後まで聞かずに次の言葉を事前に準備したり、途中で言葉を切ることもある。そして、評価をしたり、アドバイスをしてミスを犯している親が多い。


留意点は親は子供の鏡であるという点である。


親の会話の習慣が子供の対人関係に影響を与える。多くの子供たちが親との対話を通じて自分を表現する方法を身につけるように、親が言うことをよく聞いてくれるだけでも、子供の自尊感と思考力、表現力が向上する。


子供が接するとき、私の言葉をそのまま聞くという上下関係で見るのではなく、一人の人格の子供として意識すると子供の行動や話し方も変わるだろう
posted by kizuna at 17:59| Comment(0) | 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月20日

気づかずに与えている傷





"子供と話すことをあきらめました"

"私がどうやって子供を指導すればいいのか分からないのです"


母親と子供の対話ができない.

話をするとけんかばかりする母親と子供の関係をどうすればいいのかが悩みである.

母親が一番理解しにくい行動は、幼いころから今まで娘のすることを全て不満に思うということである.

他人には親切でも、いざ娘には過ちを指摘ばかりしてしまう.

それに、他の人々の前では完璧に見せようとしながらも、娘の前だけは崩れた姿を見せる.

お母さんは娘によく教えて、間違った事は前もって抑えこまなければならないという動機で、過ちのみを指摘してきたのである.

だから "お母さんは私に命令だけする"

"お母さんは私を無視して"と娘は思うでしょう.


お母さんは "お母さん, 私、大変なの"という子供の心を "うちの娘が、大変なんだなあ" と受け止めてあげれば、子供が怠慢になり、緩んで、失敗の人生を送ってしまうと判断して、ずっとむち打つことばかりしてきたのです.


母親が娘に多く話す言葉の中の一つが、 "私があなたよりも、あなたのことをもっとよく分かっているの"である。

あなたは私の娘だからあなたを誰よりも私がよく知っていると考えている.

あなたは誰よりも私が大切に育てた娘だと思っている.

あなたは誰よりも私が一番愛する娘だと思う.

娘は結婚して子供を産めば、自分もお母さんと特に違わない母親になってしまうようで憂慮している.

完壁主義の母親の下で育った自分もそのような面があって、子供は不安症で苦しんで結局病院で処方を受けて安定剤を飲んでいる.


父母は細心に子供の心を分かろうと心を砕く事もなく生活する.

心を分かってあげようと努力する必要を感じないで何気なく子供にむやみに対してしまう.

母親がこのような自分の問題が分からないということが悲劇である.

子供が母親から傷を受けたという事実が分からないから、傷を癒してあげようともしない.

むしろ母親の大変でつらい心も受けとめてくれない娘が無情だと思ってしまう.



愛を経験した人は、初めて感じたその興奮と感激を忘れることができないだろう.

愛すれば相手が好むこと, 必要なものが分かってくる.

その人の長所だけ見える.

そして愛する人のために何でもしてあげたいという熱情的な心が生ずる.

それが愛だ.


反対に憎しみは相手の不足な部分と誤った点だけが見える.

その弱点を突いて明らかにしてやりたいのだ。

それが憎しみだ.

このように愛と憎しみを定義した後、母親に聞きたい.

子供を愛しているのか?

子供がまず備えなければならない品性は、家庭で母親の胸の中で作られなければならない.

そのように備えられた品性で子供は自分の人生を運営して行く.

それだから、母親がしっかりと母親の役目を果たさなければならないというのである.

年を取って結婚して子供ができたからと言って、母親としての必要十分條件をすべて取り揃えたのではないのである.


子供達の身と心を守る資格を取り揃えなければならない.

母親として愛情を失わないで、嬉しく母親の役目を果たさなければならない. 



"お母さん、痛いです" 娘の内面の声を聞いて見なさい!!






posted by kizuna at 12:04| Comment(2) | 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

人を引き寄せるイメージ





人々に好きなイメージを話しなさいと言えば百人百色である. ところでその中に共通のものは、見てまた見てもあきれない人, いま離れてもまた会いたい人でしょう. イメージ(image)の英語での解釈は、ある人や事物から受けた感じを言う.


この間、あるTV芸能プロで面白く表現したものを見た. そこでは共感する部分が少なくはなく、今度はそのようにイメージに対する話を解いてみる. イメージ(利・美・知)という三つの字を漢字にした文字ごとに解いて見る.



まず最初の文字、イが“利”である。

いったん人は相手を判断する時、自分も知らないうちに、あの人が私に良いことを与えるのか、害を与えるのかを判断するようになっている. 大人たちは勿論だが、とても幼い赤ちゃんまでも自分たちに害を与えるようだと感じれば泣いてしまう. もちろん大人たちの場合、自分によい人ではないと思う場合は心を開かない.

それならば、よい印象を与えるようなイメージに変えることができる一番良い方法が微笑む練習である. 個人的な意見では、豪快に笑うことも一つの方法である. たとえそうだとしても、少し軽はずみで軽率に見えると言っても相手に良い人と見えるには差し支えがない. 近い知人の中に一人、心から笑う印象を作りなさいという忠告を受けて努力して、人々の好感度がますます高くなっていることを感じることができる.



二番目の文字、ミは、美しい“美”である.

外貌に対する話である. 男でも女でも美しくなければならない. 外貌に対する評価も歳月によって変わる. 以前には顔で主に多くの判断をした. その次には整形手術が大衆化して顔よりはスマートなスタイルに偏った. 多くの男性たちは顔が醜いことは許しても、スタイルが良くないのは我慢できないと露骨に言った時代があった. このごろは顔やスタイルの整形が全部可能な時代になり、 “お金をたくさん持った通帳美女”が最高という笑い話が流行のように広がっている. 結局、整形してきれいなことが最高という話だ. しかし、このようにすればするほど、自分だけの個性を探すことが一番重要だと思う.



このごろたまに TVを見ると、醜い人がいない. 代わりに美しい人も探すことができない. すべて似たり寄ったりに見えるからだ. こんな時に、自分らしさで勝負することが、自分の美しさを捜す最高の秘訣ではないかと考えるのだ.



最後の文字、チは知るの“知“だ.


縁を長く保ちたい人々を数えなさいといえば、当然、知的である人をたくさん指折る. 結局は一番初めに出てきたよい人が好きだということのような脈絡かも知れないが、人々は自分よりも勉強もたくさんして、よく知っている人が好きだ.

マリアカラスはオナシスのために離婚までしたが、オナシスはジャクリーンを選択した. マリアカラスは神の声と呼ばれる位の美しい声を持ったし、外貌もジャクリーンに負けてはいなかった.
ところで、オナシスはどうしてジャクリーンを選択したのだろうか? ジャクリーンは自分だけの美しさを作って行くことにも卓越していたが、なによりも本をたくさん読んで博識であると知られている. 人々は、自分は本を一冊も読まないとしても連れ合いや周辺の人には、たくさん読む人が好きである. それで子供たちに本を読むように強要する場合も多い. この世の中にどんな美しさも知的な美しさを越すことができない.




このような三種を備えたら、どんな人でも引き寄せることができる魅力的な人になることができると確信する.

どのようにこれらの三種をすべて等しく備えることができるのか、それなりの方法を悩んで見なければならないでしょう.
posted by kizuna at 20:15| Comment(1) | 幸せ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。